生体とCAR-T細胞
がん医療最新論文フォーラム › がん医療最新論文フォーラム › がん医療最新・重要論文 › 生体とCAR-T細胞
生体とCAR-T細胞
- このトピックは空です。
-
投稿者投稿
-
-
okazaki yoshihisaゲスト
Nature communications
pblished: 15 July 2020
『Tumor response and endogenous immune reactivity after administration of HER2 CAR T cells in a child with metastatic rhabdomyosarcoma』
(key word)
自家HER2-CAR-T細胞(細胞コンピュータ-)、Cy/Fu、免疫チェックポイント阻害薬、横紋筋肉腫、生体免疫系
(背景)
暫く前臨床試験的な論文を読んだので、実際のヒトではどうなのか??が気になりだしました。
Openアクセス可の論文ですが、自分の勉強も兼ねてupさせて頂きました。
かなり興味深い論文だと思いました。
(はじめに)
HER2-CAR-T療法です。
胞巣状横紋筋肉腫( Rhabdomyosarcoma=RAM)は、子供や青年期に見られる軟部組織肉腫として有名です。標準的な化学療法に難渋し、転移した症例に対しては、現在有効な治療はありません。このグループは、以前にHER2遺伝子増幅がみられないHER2抗体療法適応外の進行性肉腫の患者さんに、自家HER2-CAR-T療法が安全に施行できることを報告しています。4人/17人で病状は変化なく、1人/17人ではPR(partial response)で腫瘍の完全消失を認めました。T細胞の増殖・維持ができなかったことが、治療成績不振の主原因と解析しています。
今回、骨髄転移を伴った治療抵抗性RMS患者の1人に対して行った治療の詳細とデータ解析の結果について報告しています。
(解析)
症例:7歳、男子
重度の汎血球減少症を示し、骨髄穿刺・生検にて胞巣状横紋筋肉腫 (RMS)と診断されました。デスミン陽性、ミオジェニン陽性でした(Fig.1a)。全身PET-CT検査にて、右脹脛に原発巣、広範囲に及ぶ骨髄転移を認めました(Fig.1b)。
原発巣は手術にて摘出され、組織検査でRMSと再確認されました。FOXO1遺伝子再構成は認められませんでした。DNA解析にて、PIK3CA、Q546R遺伝子の体細胞変異を認めました。13か月間に及ぶ全身化学療法と、23分割、総量4140cGyの放射線療法を施行しました。化学療法開始9月後、全身PET-CT検査にて腫瘍は認められず、骨髄穿刺では、10%以下のRMS細胞を認めました。
1次治療終了時、PRと診断されサルベージ療法を受けました。化学療法2クール目終了の時点でもRMSの転移巣残存を認め化学療法抵抗転移性RAMと診断されました。原発巣・転移巣の免疫組織化学にて、HER2分子の細胞表面発現を確認しました(IHC;grade3、intensity score3;Fig.1d)。
そこで、この少年に、このグループが行っている治療を施すことにしました。
自家HER2-CAR-T:
患者のメモリーCD8⁺T細胞(CD45RO+/CCR7-/CD62L-、Fig.1a)から作成されました。
キメラ受容体:(Fig1e)のような構造です。F
患者T細胞の72.9%を占め(Fig1f)
試験管内では、HER2陽性肉腫細胞:LM7を破壊し、HER2陰性細胞:K562は破壊しませんでした(Fig.1b)。
最終の化学療法終了から4週間の休薬期間をおいて、Fig.1gのようなプロトコールで、シクロフィスファミド+フルダラビン療法(Cy/Flu)によるリンパ球減少症を認めた時期に、約10週間隔で、1サイクルにつき、1×10^8細胞/m2個の自家HER2-CAR-T細胞×3回を血管内投与されました(Fig.1g)。これを3サイクル繰り返し、RMS再発兆候が認められなかったため、Cy/Flu療法なしで、同じサイクルを更に4回追加しました(Fig.1g)。
Fig1↓
(HER2-CAR-T細胞の増殖)
Cy/Flu療法はgrade4のリンパ球減少症を引き起こしました。
HER2-CAR-T細胞投与日(day0)に11-19個/mm3のリンパ球数であった。
血中IL-15レベルは、化学療法後~T細胞投与時にピークに達し、その後単調に減少し、投与後6週後に最低値(観測できる値)を記録しました(Fig.2a,b)。
末梢血中のHER2-CAR-T細胞数をqPCR法で計測すると、(Fig.2c)のような時系列となりました。ALCは末梢血中の全リンパ球数を現します。
2サイクル、5サイクルの、末梢血と骨髄中のHER2-CAR-T細胞導入遺伝子コピー数です。
5サイクル目で骨髄中のHER2-CAR-T細胞が著名に増加しています(Fig.2d)。
この間の主な副作用(投与後12時間以内発生):
サイトカイン放出症候群
発熱
全身倦怠感
悪寒
吐き気
であり、適切な治療で完全に改善を認めました。
血中のIL-6、GMCSF,IFNg、TNFαは(Fig2e)のような時系列となりました。
特に、Cy/Flu治療を行った場合、約4時間後に、IFNg、GMCSFは最大値となり、その後は単調に減少するパターンを示しました。
Fig2↓
自家HER2-CAR-T細胞投与による、病理学的、臨床的検討をFig3に示します。
サルベージ化学療法4週間後でCAR-T療法前の骨髄H&E染色像では、RMS細胞の存在と正常細胞数の減少を認め、RMSのマーカーであるDesmin+、Myogenin+でした。
CAR-T細胞治療後になると、骨髄に正常細胞の増加とRAM細胞の消失を認め、RMSのマーカーであるDesmin-、Myogenin-でした。
3クール目のCAR-T細胞投与後6週間後の全身PET-CT検査では、骨髄、その他の病変の消失を認めました。
2クール目のCAR-T細胞投与後、7日目の末梢血解析で、2.2%のCD3+CAR-T細胞が認められています。
最初の1クール目、2クール目、3クール目のCAR-T細胞投与7日後のCD3+CAR細胞の割合です。約2%前後で横ばいのようです(Fig3e)
最初の1クール目、2クール目、3クール目のCAR-T細胞投与7日後のCD8+CAR+細胞と
CD8+CAR-細胞での免疫チェックポイント分子:PD-1、LAG3の発現の様子です。(Fig3.f,g)
Fig3.↓
この症例では、病巣のHER2受容体発現にバラツキがあったにも関わらず、転移巣・原発巣の消失を認めています。
そこで、Cy/Fu療法+HER2-CAR-T細胞療法が、この少年の体内免疫系全体にどのような影響を与えたのかも解析してみました。
T細胞受容体β鎖(TCRβ)のCDR3領域の配列変化を指標に、生体内免疫系反応の評価を行っています。
各クールでCAR-T投与後、6週後の末梢血を観察すると、hyperexpanded細胞の割合が治療経過とともに増加していっていることがわかります。(ただし、hyperexpanded:=>1% の再構成遺伝子配列を持つ細胞と定義しています)(Fig4.a)。
治療開始前、CAR-T細胞投与1,2,3クール6週間後の患者末梢血のTCRβ鎖のCDR3領域のアミノ酸長解析では、2クール後、3クール後で著名に変化がみられています(Fig4.c)。
Fig4.↓
さらに、hyperexpanded細胞に絞ってCDR3領域のレパトアを解析しました。治療開始前、CAR-T細胞投与1,2,3クール施行に従い、レパトア多様性が増大していることがわかります(Fig5.c,d,e)
。
Fig5.↓
液性免疫IgGも追跡しました。
(Fi6.a)
治療経過に伴って血中レベルは上昇していました。
組み換えFUT8, USP2, RAB7B, GSK3Aを使い、間接ELISA法で血中抗体反応性を測定しました。これらの分子は、腫瘍浸潤・腫瘍転移に関連していると考えられています。
特に、GSK3α(注4)(PI3K/AKT シグナル伝達系に関連した分子でグリオーマ等、腫瘍との関連も指摘されている。)は、CAR-T細胞投与、1,2,3とクールが進行するに従い減少していることが観察されました (Fi6.b)
。
Fi6.↓
最終のCAR-T細胞投与後6月後、最初の治療から76週後に骨髄穿刺にて、正常細胞減少、デスミン陽性異形細胞出現を認め、再度のRMS再発と診断されました。
骨髄転移病巣細胞には、HER2発現(grade2、intensity score2)が認められました。(Fig7.a)
凄いことに、このグループは、再度、最初の治療開始から83週後に、(Fig7.e)のプロトコールに従い、Cy/Fu治療+自家HER2-CAR-T細胞治療を試みました。
Fig7↓
最初の治療から90週後、骨髄穿刺で、RMS細胞消失を確認し、完全寛解2(CR2)の達成を確認できました。
更に、最初の治療から93週後に、免疫チェックポイント阻害薬:Pembrolizumab投与を追加しました。
(Fig3.g)完全寛解(CR1)導入治療時の解析で、CAR陽性細胞へのPD-1分子発現が、治療進行とともに上昇してくることから、このときは、Pembrolizumab投与も着想したようです。
その後、最初の治療開始から145週後までCAR-T細胞投与を継続した時点で治療終了しました。その後、この論文が書かれた時点まで完全寛解2を維持しているとのことです。
(まとめ)
固形腫瘍で、治療法がない、再発転移・胞状横紋筋肉腫の少年に対するHER2-CAR-T細胞治療の試みでした。
化学療法Cy/Fu、免疫チェックポイント阻害療法も組み合わせています。
1度目の治療データ解析に基づいて、
再発時には、化学療法Cy/Fu+自家HER2-CAR-T細胞+Pembrolizumab投与と“複合療法”となっています。
再発⇒CR1⇒再発⇒CR2⇒。。。現在もCR2維持と素晴らしい結果です。
治療全期間をつうじて、重篤な副作用は認められておらず、発生した副作用も問題なくコントトールできたようです。
固形腫瘍に対するCAR-T療法は、様々な原因で効果が今一つです。
このグループは、
1:化学療法Cy/Fuを組み合わせ、腫瘍細胞だけでなく、患者の免疫細胞も同時に破壊し、投与自家CAR-T細胞増殖の“ニッチ”を人工的に生体内に構築し続ける。
2:ニッチ(space)ができたタイミングに合わせて、自家HER2-CAR-T細胞を投与し、CAR-T細胞が体内で増殖・腫瘍攻撃をしやすい環境を整える。
3:1と2の組み合わせを数回繰り返す。
といった、新戦略を編み出しています。
最終的には、Pembrolizumabも加えた治療を行っています。
更に興味深いのは、生体内免疫環境変化の解析です。
A:1の化学療法でリンパ球減少症が起きることで、T細胞増殖(CAR-T増殖も含む)etcをサポートするIL-15の上昇が発生します(Fig2.a,b)。IFN等の免疫系を抗腫瘍の方向に導く各種サイトカインも上昇しています(Fig2.e)。
B:投与されたCAR-Tは治療進行とともに、末梢血から骨髄に移行します(Fig2.d)。
C:治療進行に伴い、特にCAR陽性細胞では、免疫チェックポイント分子:PD-1、LAG3の発現が高まってきます(Fig.3g)。⇒CR2導入治療で免疫チェックポイント阻害剤を併用した根拠だと思います。
D:Cy/Fu療法+CAR-T療法の繰り返しによって、生体側の免疫環境が抗腫瘍環境としては好ましい方向(T細胞受容体の多様性が高まるetc)に変化していく(Fig.4,5)。このT細胞レパトアのupが原因で、CR1後の再発時には、HER2受容体の発現不均一性や消失率が高まっていましたが、HER2-CAR-T細胞療法の効果が見られたのだと考えられます。
E:Fig6示された結果から判断すると、Cy/Fu療法+CAR-T療法によって、FUT8, USP2, GSK3Aのような細胞内タンパク質に対する自己抗体も出現し、これらも相乗的に抗腫瘍細胞効果を高めている可能性が推察されました。
様々な有益な知見が得られています。
固形腫瘍へのCAR-T療法の開発には、化学療法、免疫チェックポイント療法との組み合わせや、使用のタイミングを生体免疫系の変化に合わせて調整していくことも重要になりそうです。。。
改めて、生体内の免疫系と腫瘍細胞のコミュニケーションの複雑さを実感しました。
(追伸)
今日の論文を読んで下記連想しました。
実験医学増刊号『細胞医薬』
https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/book/9784758103909/index.html
自然の細胞医薬だけでなく人工細胞医薬も出現するかも。。。。
物質・生命・精神の境界がなくなる??
(もともと無かったのしれない)
実際の患者様で、これ程詳細な免疫系の評価が可能な時代になったんですね。
(注1)IL-15:
インターロイキンー 15(IL-15)は,1994年に Im- munexと NIHのグループが新しい T細胞増殖因子. として報告したサイトカインです。
(注2)CDR3:
抗体やTCRのなかで,抗原と接する領域.抗原特異性を決定する重要な部分で,体細胞組換えによって配列多様性がみられる.CDR1〜3まであり3の部分が最も多様性に富む。
(注3)レパトア:
T細胞受容体遺伝子は複数の遺伝子断片から構成され,遺伝子再編成を通して理論上1×10^18通りのレパートリー(レパトア)をもつ.レパトアとは, 機能的な可変領域のもつ多様性を意味し抗原認識の多様性を指す.
(注3)GSK3:
https://ja.wikipedia.org/wiki/GSK-3
-
@kensho_2021phamゲスト
情報量がすさまじく、圧倒されました。
患者さんの中で、内因的なT細胞の状態、それから外因的なCAR-T細胞、これらをしっかりとモニタリングし、そして巧みにコントロールしながら治療を進める。凄いなという印象です。
治療の中で、CAR-T細胞はexhaustionしてしまうのですね。これを止めるような薬剤があれば効率よくガンを撃退できるのだなと感じました。
内因性のT細胞除去によるIL-15上昇の利用することで、CAR-Tも増殖させるというストラテジー。これは基礎研究レベルではすでに報告があるんでしょうか?
-
okazaki yoshihisaゲスト
お返事ありがとうございます。
秋田大学の先生から、下記、ネットに論説がでておりました。
『インターロイキン-15による生体防御調節機構』
1994年発見ですので、比較的新しいサイトカインなのだと思います。
今回の症例では、
化学療法に伴う体内リンパ球の破壊➡IL15上昇、CAR-T細胞増殖ニッチ形➡CAR-T抗腫瘍効果up➡抗腫瘍効果upのようなシナリオでしょうか?
悪性腫瘍は”生物”なため、治療選択圧による”進化”がみられるそうです。
進化する敵には、進化する仲間で!
進化vs進化
この仲間側の進化が、敵側の進化とマッチしたとき、腫瘍消失現象が観察される!?
ガン治療は、”進化する生物”相手でもあり、治療が難渋する一因なのかもしれません。
-
okazaki yoshihisaゲスト
-
okazaki yoshihisaゲスト
追伸:
昨今の”コロナ禍”でも明らかになったこと。この論文でも示されていますが。。
ダイレクトに”ヒト免疫学”の詳細情報が入手可能になっている!!事実です。
私も、aasj読むようになって最近知った事実です。
-
okazaki yoshihisaゲスト
追伸:
山口大学の玉田先生の教室から、興味深い論文が、2018年に出てました。
CAR-T細胞の生体内での作用には未知の部分が多そうです。
-
-
投稿者投稿